経済専門誌「日経クロステック」(日経BP)が報じた機能性表示食品の記事が、健康食品業界で話題となっている。記事は、機能性を裏づける科学的根拠があいまいで、消費者の信頼を裏切っているという内容。同誌が取り上げた「多重検定」「ジャーナル」の問題を中心に考察する。
報道内容に異論をはさむ余地はない
「日経クロステック」の主な問題提起は、研究論文の投稿先であるジャーナルの査読が緩いこと、ヒト試験の論文で多重検定が見られることなど。結論から言えば、報道内容に対して異論をはさむ余地はない。
機能性表示食品制度は、玉石混交と言われる健康食品市場の健全化につながると期待される。その最大の理由は、消費者庁に届け出た資料が公開され、誰もがチェックできるからだ。
四方八方から監視される制度でありながら、批判が後を絶たない背景を見ていく。
早くから問題視されてきた多重検定
多重検定の疑いがある論文の利用は、制度がスタートした当初から問題視されてきた。
「ストレスを和らげる」「膝関節の違和感を軽減」といった機能性表示食品の表示は、ヒト試験の論文を根拠とする。試験を行う場合、1つの主要アウトカム(目標とする試験結果)をあらかじめ設けて、有意水準(P値:偶然でないと判断するための確率。5%以下)を設定する。試験結果がP値以下ならば、プラセボ群と比べて「有意差あり」となる。
もし、アウトカムを複数設定し、どれか1つでも良好な結果が出て「有意差あり」とすると、良好な結果が出る確率が跳ね上がり、試験の信頼性を失う。このため、多重検定はNGとなる。
複数の主要アウトカムを設定する場合には、P値にペナルティー(5%を1%にするなど)を与え、補正する必要がある。
これらは届出企業が注意を払わなければならない点だが、十分に守られていないのが現状だ。
届出撤回に至らず
科学ジャーナリストの植田武智氏は、かつて大手食品企業が届け出た機能性表示食品に対し、疑義を出したことがある。ヒト試験の論文が、多重検定によって「有意差あり」としていると批判したのだ。
しかし、現在に至っても届出は撤回されていない。「届出ガイドラインなど消費者庁が自身で定めたルールに違反しているのは明らかで、消費者利益が損なわれることから、食品表示法の申し出制度を活用したが、動きはなかった」(植田氏)。
そこで、情報公開制度を活用し、消費者庁の対応状況の情報開示を請求したが、回答は「非開示」。その後、行政不服審査制度の不服申し立てを行ったものの、「非開示が妥当」という結果だった。「消費者庁は自身が決めたルールの運用について説明責任を放棄しているとしか言えない」(同)と訴訟も検討中という。
機能性表示食品制度の施行以来、多重検定が理由で届出を撤回した事例の有無は明らかになっていない。
検証事業報告書で多重検定を問題視
では、消費者庁が多重検定の問題を軽視しているのかというと、そうでもない。
消費者庁の検証事業報告書では、多重検定について繰り返し指摘してきた。2017年3月の「機能性表示食品制度における臨床試験及び安全性の評価内容の実態把握の検証・調査事業」もその1つ。
ヒト試験では主要アウトカムのほかに、副次アウトカムを設定することが多い。試験は主要アウトカムを検証するために行われるため、被験者数などの試験デザインも主要アウトカムを前提に組まれる。報告書は、副次アウトカムで良好な結果が出て「有意差あり」となっても、参考程度にとどめるべきと指摘。「アウトカムの乱立は多重仮説そのものであり、特に注意すべき事項である」と警鐘を鳴らしている。
分かれる判断、問われる企業姿勢
消費者庁が20年3月に策定した「事後チェック指針」でも、多重検定に言及した。同指針は、機能性表示食品の科学的根拠や広告・表示の違反事例を列挙。多重検定の一部事例も挙げている。
このように検証事業報告書などでは問題視しているが、届出ガイドラインには多重検定に関する明確な規定がない。このため、業界の多重検定に対する意識は低いまま。業界内には、「届出ガイドラインで明確に禁止していないことは許容範囲」という考え方がはびこっているからだ。
ある業界団体の関係者は、「これまでも、多重検定についても届出企業を指導してきた。しかし、届出資料を見直すかどうかは、(最終的に)企業の判断となる」と頭を抱える。
健康食品業界に精通するコンサルタントの武田猛氏((株)グローバルニュートリショングループ代表)は、次のように話す。
「検証事業報告書により、制度開始の早い段階から、研究レビューや臨床試験の内容について問題提起がなされていた。その内容を真摯に受け止め、対応してきた事業者もあれば、そうでもない事業者もあっただろう。検証事業が求める内容を受け入れるか受け入れないか、それはすべて届出者の意思にかかっている」。
消費者庁の対応は?
消費者庁は、多重検定の問題をどう受け止めているのだろうか。
食品表示企画課の担当官は、「疑義については専門家によるセカンドオピニオン制度を活用してチェックしている。多重検定のみで判断せず、届出ガイドラインや事後チェック指針がメルクマールとなる」と説明する。
現在のところ、特段の対応を取る考えはないという。だが、消費者利益を確保する観点から、多重検定の問題は早期に改善する必要がある。届出ガイドラインの見直しにより、明確な規定を設けるなどの対応が求められそうだ。
(後編に続く)
(木村 祐作)
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