移転を決めた3つの理由「構造」「タイミング」「人材」
――はじめに、移転の経緯について教えてください。
虎の穴 伊達明利氏(以下、伊達):今回、千葉県市川市の物流拠点から、千葉県八千代市の物流拠点へと移転した理由は3つあります。
1つめは、物流拠点の構造です。市川の拠点は4階層からなる真四角の重箱のような形をしていました。どれだけ作業効率を上げても、エレベーターなどの上下移動の時間がボトルネックになってしまうという課題を抱えていました。
特に、弊社はコロナ禍に入り、すばやく実店舗から通販・ECへと体制をシフトしたことで、通販側の売上の同月前年比が常に140%を超えるような状況でした。今後さらに流通量が拡大することを考えると、構造問題から解消できないこのボトルネックは大きな悩みでした。
2つめは、契約上の問題です。市川の拠点での定期借家契約の更新タイミングが、2024年3月末に迫っていました。
2022年末から、契約更新に向けて、オーナーと家賃交渉をしていたのですが、当時は2024年に社会がどのような状況になっているか誰にも予測できず、オーナー側からも明確な賃料が提示できない状況であったと理解しています。更新期限ぎりぎりでは取れる手段が限定されてしまうリスクもありました。
さらに当時は巣ごもり需要で関東首都圏の倉庫の空室率が2%を切っており、誰もが倉庫を探している状態でした。特に市川市は高速道路や外環道などがあり、利便性もよく、物流拠点としては需要が高い場所でしたので、果たして当時の利便性を上回る利点を備えた移転先が見つかるのかという問題もありました。
ただ結果的に、このような先行きが不透明な状態で、先ほどのボトルネックの問題を抱えながら、市川の拠点を続けるのは難しいという判断になり、契約更新のタイミングを機に移転が決まりました。
3つめは、2024年問題における人材の問題です。大手運送会社さんでも、ドライバーを確保するために高額な報酬で募集をかけるといった流れが顕著になっています。
年間で人件費を含めた予算を立てているわれわれからすると、そこを大幅に超えるような出費をすることはできませんし、そもそも、倉庫軽作業で働きたいという人材も少なくなってきているため、革命的なマテハンの導入とDXを意識したシステム導入などによる省人化も急務でした。
以上のような理由で、移転によって1から設計し、仕組みを整えることができれば、DX化による、省人化や業務効率化などさまざまな効果があると考え、今回の移転に踏み切りました。
2022年12月から本格的に移転の計画を始め、2023年11月に現在の八千代の拠点に移転しました。
ボトルネックの解消によって、一段階上の効率化を目指す
―――実際に、移転の効果は生まれているのでしょうか?
伊達:まだ移転したばかりなので、具体的な数値などはお伝えできないのですが、「オートストア」という自動倉庫システムを導入したことで、人件費を抑えることに成功しています。
また、重箱構造から横につながるワンフロア構造になったことで、大きな悩みだったボトルネックは解消されました。これまでボトルネックによって、あきらめていた部分に向き合うことができ、もう一段階上の効率化の取り組みを行えるようになっています。
逆にいうと、ボトルネックによって、向き合うことをあきらめていた部分が可視化され、八千代の拠点ではさまざまな新しい“気づき”が生まれています。
倉庫内に導入された「オートストア」。ピッキングしたい商品を入力すると、ロボットが運んで来る。
――どのような“気づき”がありましたか?
伊達:たとえば、稼働時間の考え方です。これまでの市川の拠点は、9時から21時までの12時間稼働だったため、お客さまから遅い時間に注文が入ると、運送会社さんの当日の最終便に間に合わず、明日に出荷となっていました。そうなると、お客さまに荷物が届くのが注文から翌々日以降になってしまいます。
しかし、八千代の拠点は24時間稼働なため、運送会社さんと連携をとることで、夜間に荷物を引き取りに来ていただくなど、フレキシブルな動きが可能になりました。
今までは12時間稼働を基準にすべての動きを考えていたので、こういったフレキシブルな動きの発想にすら至りませんでした。
そのほかにも、倉庫内の動線が一筆書きになったことによる気づきもありました。一筆書きの動線は、非常にスムーズな形ではあるのですが、そこに少しでも狂いが生じると、全体の生産性に非常に大きな影響が出るため、改めて各部門の生産量の統制と動線管理の重要さを痛感しています。
流通としては、本当に基礎的な部分ですが、人が作業する上で無駄な動きを減らしていき、最短経路で動けるようにするために、ルールづくりをしっかりと行って、統制をとっていく予定です。
実は、このような動線の課題に対しても、従業員たち自身が「積極的に解決しよう」と動き始めており、人材の成長としても良い影響が生まれていると感じます。
ワンフロアになった八千代の拠点。横でつながっており、各所での連携がとりやすい。
――そのほかに、拠点内では新しい取り組みがあれば教えてください。
伊達:今回、移転を機にシステム部分も大きく変えました。具体的には、倉庫管理システムとしてWES(Warehouse Execution System)を導入し、これまで人の手でやっていたモニタリングや計画、予測といった部分をデジタル化しました。
現場の担当者だけしか運用できなかった属人的な部分をデジタルにすることで、担当者が変わっても運用できる体制を整えています。
さらに、WES導入によって、これまで人には気づけなかった非生産的な部分などにも気づけるようになりました。まだ構築中なので、今後はさらに予測精度を上げていく予定です。
さまざまな機器の導入によって、業務効率を高めている。1から仕組みを構築できるのが移転のメリット。
物流の効率化によって、配送時間も短縮
――今回の移転は、ユーザー側にどのようなメリットがありますか?
伊達:これまで、お客さまからはSNSやサポートデスクなどで、「配送が遅い」という厳しいご意見をいただいておりましたが、おっしゃる通り、配送時間というのはわれわれの弱点でした。
というのも、市川の拠点では、フロアが分かれていたこともあり、作業と作業の間に待ち時間が発生するバケツリレーのような状態でした。作業ごとに待ち時間が発生するというのは、こちら側の都合であり、お客さま側には何もメリットがないわけです。
しかし、さきほどをお伝えしたように、八千代の拠点はワンフロア構造ですので、バケツリレーから水道管のような体制に改善しています。
そのため、現在では商品注文からお手元に届くまでのリードタイムが4割ほど短縮されたケースも出てきています。あとはバルブの開け閉めなどを調整しつつ、さらにモノがスムーズに流れていくように、四半期ごとに反省点や改善点を洗い出し、よりスピード感を高められるように最適化をしていきます。
引き続き、お客さまからのご意見を頂戴しておりますので「まだまだ改善されていない」といったご意見があれば、それを起爆剤にさらにわれわれも奮起できますし、「早く届くようになった」などのご意見をいただければ、流通側の冥利に尽きます。
――商品を委託するクリエイター側にもメリットは生まれるのでしょうか?
伊達:「とらのあな」のWebサイトでは、クリエイターさまから預けていただいた商品が、どのようなスピードで出荷・発送されていくのか、わかりやすいシステムになっています。
そのため、注文が入っているのに、在庫の数が目に見えて滞留していると「なぜ出荷されないのか」と不安に感じられるかと思います。新拠点ではそういったクリエイターさまの不安の種を摘むべく、先ほどのお伝えした効率化を進めて、商品が滞留することなく、スムーズに売れて、発送されていくようにします。
さらには、クオリティ面の向上も考えており、在庫を発生させない管理など、委託いただいている立場として、引き続き、ストレスのない流通インフラを提供してまいります。
物流関連企業との連携を強化し、問題に備える
――「2024年問題」に対して、どのような取り組みを考えているのでしょうか?
伊達:いち小売企業の物流部門という枠組みから大きく外れることはありませんが、われわれは2022年頃から外部の3PL企業と連携し、よりよい物流のあり方を目指して、定期的に情報をシェアしています。
また、国内の大手運送会社さまたちとも、お互いに利益が生まれるような関係をつくり、さまざまなことに取り組んでいきたいと考えています。実は、これまでも運送会社さんとは一部で連携してきた部分もあります。
たとえば、「とらのあな」の配送箱のサイズは、運送会社各社さまに相談して決めています。カゴ車に最適なサイズに調整し、カゴテナー内に隙間なく荷物が詰めるようにしているのです。
あとは、影響が大きい問題として、再配達率を下げる取り組みも進めています。現在は、「とらのあな」側からお客さまへ向けて、ヤマト運輸さんのクロネコメンバーズといった会員組織へ登録を促したり、事前にしっかりと配送日を通知したりすることで、できる限り再配達が発生しないように働きかけています。
このように、われわれは物流課題に対しても、フレキシブルに対応している企業ですので、さまざまな物流関連企業さんと連携を深めていきたいと考えています。
コスト増で自社物流は厳しい立場に―新しいビジネスモデルも視野
――物流部門の展望は。
伊達:2024年問題における物流コストの増加で、われわれを含めて自社物流を持っている企業は、利益面で非常に厳しい立場になっていくと予測しています。
そのため、先ほどの述べた各社さまとの連携はもちろんなのですが、今後は通販の物流以外の部分で独自の売上をつくる必要性を感じています。
われわれは長年培った、コミックマーケットやイベントのカタログなどの制作から配送のノウハウを持っているため、カタログなどを何万人ものお客さまに届けるといったことは得意です。逆に、さまざまな形や鮮度が関わる配送は苦手なのです。
ですから、得意なことはわれわれに任せていただき、逆に不得意な部分は他社へお願いするといった、流通業界内で持ちつ持たれつの関係で将来的には収益を上げる仕組みを構築していきたいと考えています。
いま同じ物流センターに入居しているテナントさんとも、積極的にコミュニケーションをとっていて、情報交換をしています。通販・EC業界のフロント側は皆さんライバルばかりだとは思いますが、バッググラウンド側の物流インフラの部分は、必ず連携できる部分があると思います。
そういった連携を強化していくことで、物流で悩んでいることがあるから「とらのあなに相談してみよう」と頼っていただける存在を目指します。