2017年には、健康食品業界を揺るがす異例の取り締まりが起きた。機能性表示食品で初となる「葛の花由来イソフラボン」関連商品の措置命令だ。消費者庁は昨年11月7日、「摂取するだけで誰でも簡単に内臓脂肪が減少し、外見上の変化が認識できるほどの腹部の痩身効果が得られるかのように表示していた」として、「葛の花由来イソフラボン」を含有する機能性表示食品の販売会社16社に対し、景品表示法に基づく措置命令を出した。この取り締まりは前代未聞、異例ずくめのものだった。
機能性表示食品で初というだけでなく、12社が措置命令を出される前に自主的に謝罪広告を出したこと、違反とした表示が「外見上、身体の変化を認識できるまでの腹部の痩身効果」という主観的である点、消費者庁の表示対策課が任意の事情聴取を実施したこと、同じ成分を配合した健康食品の販売会社16社を一斉に取り締まったことなどだ。なぜ異例ずくめの取り締まりになったのか? 複数の関係者への取材から、核心部分が見えてきた。
届出内容が景表法違反の元凶?
今回の措置命令に対し、消費者庁の表示対策課は、専門家の意見を踏まえた上で、食品を食べただけで痩せることはなく、消費エネルギーが摂取エネルギーを上回っていないと痩せないという見解を示している。ただ、措置命令を受けた広告表示には、運動と食事制限をしなくても痩身効果が得られるかのような表示をしていたものもあれば、運動と食事制限が必要であることを明記しているものもあった。また、一見して優良誤認表示と分かる表示から、グレーゾーン表示、許容範囲内と思えるものまで混在しているが、16製品が違反表示として括られている。
「葛の花」関連製品の措置命令で違和感を受ける大きな理由が、機能性表示食品として受理された届出の内容にある。「葛の花」関連商品は、「体重やお腹の脂肪(内臓脂肪と皮下脂肪)やウエスト周囲径を減らすのを助ける機能があることが報告されています」「肥満気味な方、体重(BMI)が気になる方、お腹の脂肪が気になる方、ウエスト周囲径が気になる方に適した食品です」といった表示で受理されている。受理された機能性表示には、運動や食事制限が必要であることが明記されていない。また、機能性表示だけでなく、届出資料のいずれにも、運動や食事制限が必要であるという表記は見当たらない。
機能性表示の根拠となる臨床試験では、1日あたりの摂取カロリーを2000kcal以下に抑え、1日あたりに平均で9000歩程度を歩くことが、被験者に課されていた。しかし、この条件については、製品による臨床試験を機能性の根拠とする届出の英語論文に一部記載があるものの、研究レビューを根拠にした43品の届出には記載されていない。そうなると、届出の資料を見るだけだと、「運動と食事制限をしなくても、内臓脂肪が減少し、体重が減る」と受け取ることもできる。
実際、措置命令を受けたある会社によると、事情聴取でのやり取りのなかで、消費者庁表示対策課の担当官は、「(葛の花関連商品の届出は)運動と食事制限をしなくても痩せる内容になっている」と認めたという。
届出自体が誤認を招く可能性も
葛の花関連商品は本来、該当商品の摂取とともに、1日あたりの摂取カロリーを2000kcal以下に抑え、1日あたりに平均で9000歩程度を歩かないと機能性が期待できない商品である。この運動と食事制限の条件が届出に記載されてないと、広告表示は関係なく、届出自体が消費者の誤認を招く恐れがある。今回措置命令を受けた広告表示のなかには、運動と食事制限が必要であることを明記しているものもあり、届出よりも違反とされた広告の方が、消費者に正しい情報を提供しているとも言える。
届出を受理した部署である消費者庁の食品表示企画課の担当官は、葛の花関連商品の届出について、「形式的に問題がなかったため、受理した」と話し、臨床試験の条件である運動と食事制限が記載されていない点を問題視していなかった。
ただ、この臨床試験の条件は、届出だけでなく、臨床試験の論文自体にも、明確に記載されていない。毎日の食事摂取量と運動量が表になってはいるが、被験者の選択基準には「20歳以上、65歳未満の男女」「BMIが25以上30未満の者」「各検査の2日前からの禁酒が可能な者」などと記載され、1日あたりの摂取カロリーを2000kcal以下に抑え、1日あたりに平均で9000歩程度を歩くという臨床試験の条件は明記されていない。なので、論文を見ても、運動と食事制限が臨床試験の条件だということがわかりにくい。
トクホ審査でも臨床試験の条件を見抜けず
この臨床試験は、「葛の花由来イソフラボン」の原料を自社原料として販売する受託製造会社の東洋新薬が実施している。葛の花関連商品は、すべて同社が製造しており、届出書類も同社が作成したものを販売会社が利用している。臨床試験の条件は、同社が情報をオープンにしないと、販売会社はわからない。
同社は機能性表示食品と同じ論文で、葛の花エキス(葛の花由来イソフラボン)を関与成分にした特定保健用食品『葛のめぐみ』の認可を受けているが、このトクホ商品の審査の議事録を見ても、運動と食事制限が臨床試験の条件になっていることが、まったく議論されていない。トクホを審査する食品安全委員会の学術メンバーでさえ、この条件に気づくことができなかったのだから、販売会社が気づくのは現実的には難しい。
東洋新薬がなぜ臨床試験の条件をオープンにしないのかは不明だが、措置命令を機にこのことがオープンになったのだから、消費者庁の食品表示企画課は、届出企業に対し、届出の修正や撤回の指示を出すのが筋だと思われる。しかし、消費者庁にその気は無く、優良誤認を招きかねない届出は、いまだに消費者庁のホームページに公開されている。
係争のリスク回避で事前の謝罪広告を打診?
届出が不完全であることを前提にすれば、今回の異例ずくめの取り締まりの全容が見えてくる。消費者庁の表示対策課は、運動と食事制限が臨床試験の条件になっていながら、届出にそのことが記載されていなかったことと、今回の表示違反は関連がなく、全く別の問題としているが、今回の事情聴取から措置命令までの一連の流れのなかでは、この臨床試験の条件がキーポイントになっていた。
措置命令を受けた複数の会社は、東洋新薬から葛の花由来イソフラボンの原料を使用した商品開発の提案を受けた経緯や、広告表示に関するアドバイスがあったかどうかなど、東洋新薬に関する質問を受けていた。また、1日の摂取カロリーを2000kcal以下に抑え、1日に平均で9000歩程度を歩くという臨床試験の条件を知っていたかどうかなどを、確認している。ある会社の初回の事情聴取では、消費者庁の質問は、ほとんどがこの件だったという。
調査の結論を告げる段階では、各社は消費者庁から遠回しの表現で謝罪広告を促されている。事情聴取で臨床試験の条件を聞かされていることもあり、本来は運動と食事制限が必要であることを広告に記載しなければならず、違反表示とする調査内容に納得していなかったとしても、各社は消費者庁からの間接的な打診に、従わざるを得なかった。
前述の通り、消費者庁の表示対策課は、届出内容が運動と食事制限をしなくても痩せる内容になっているという認識を持っていたため、届出内容を表示の根拠とする機能性表示食品では、措置命令を出しても企業側が不服として争う姿勢を見せれば、分が悪いと考えてもおかしくはない。だが、企業側が謝罪広告を出して先に非を認めてしまえば、裁判で争うという行政側のリスクはなくなる。
初めての機能性表示食品の措置命令とあって、行政側は念のために事前の謝罪広告を促し、リスクを軽減した側面もあるだろう。ただ、今回措置命令を受けた16社の広告表示のうち、運動と食事制限を明記し、これまでの基準から許容範囲内の表示と言えるものは一部の広告のみで、ほとんどの表示は、臨床試験の条件とは関係なく、完全に黒か、黒に近いグレーゾーンと言える表示だ。表示違反の度合いの範囲が広いため、16社に共通して使用されていた、細身の女性が大きめのズボンをはいて外見上の変化を匂わせる写真などをピックアップし、「外見上、身体の変化を認識できるまでの腹部の痩身効果」を違反対象としたのだろう。
今回の措置命令は、広告表示の専門家の間でも、衝撃的だったようだ。広告表示に詳しい関係者は、「一部の広告はこれまでの基準であれば、許容範囲に収まる内容だった。痩身効果を暗示させる写真だけで、措置命令を出すというのは異例。取り締まりが極端に厳しくなった」と話した。交通違反を例にすれば、今回の措置命令ではスピード違反が法定速度を時速50km超過した車と、時速1kmしか超えていない車を、一度に取り締まったようなものだ。通常は時速1kmの違反でスピード違反に問われることはないが、厳しく取り締まれば、取り締まれないことはない。軽度の表示違反による措置命令は、見せしめの意味合いも大きいだろう。
新たに受理された届出に臨床試験の条件は記載なし
異例ずくめとなった措置命令だったが、消費者庁表示対策課が「別の問題」とする臨床試験の条件は、事情聴取のキーポイントになっていた。今回の一連の調査中にネット広告を継続していた会社は、途中からこの臨床試験の条件を広告に明記するようになり、葛の花関連商品の広告は、臨床試験の条件の記載が義務のようになっていた。
臨床試験の条件が記載されていない葛の花関連商品の広告に措置命令を出しながら、その根本である届出に手がつけられていないのは、どう見てもおかしい。本来は、「肥満気味な方、体重(BMI)が気になる方、お腹の脂肪が気になる方、ウエスト周囲径が気になる方に適した食品です」という届出表示の対象に、「適切な運動と食事制限をしている方のうち」などを追加して表示しないと、消費者の誤認を招きかねない。運動と食事制限をしている人が摂取して、初めて届出表示の効果が期待できるものだからだ。
16社の広告表示には、違反レベルの差がありながら、全社が措置命令を受けることになったが、共通しているのは、すべて同じ届出から導き出された広告表示という点。16社には、過去に措置命令を受けたことがある会社、大手ドラッグストア、医薬品会社、実績もある通販会社などがあった。大手ドラッグストアや医薬品会社が、他の多くの通販会社として比較して、コンプライアンスで劣っているとは考えにくい。元凶は「葛の花」関連商品の届出であり、不完全な届出内容からは、不完全な広告表示が生み出される可能性が高いのだ。消費者庁の表示対策課でさえ、「運動と食事制限なしに痩せる届出内容になっている」と認めているのだから、ある意味、違反表示を大量生産する届出内容とも言えるのだ。
現在、措置命令を受けた会社で、新たに一新した広告を出している会社もあるが、その広告表示には、届出に書かれていない臨床試験の条件が明記されるなど、届出よりも広告表示の方が詳しいという状況になっている。本来、機能性表示食品制度では、届出範囲内のことしか広告表示が出来ない。しかし、「葛の花由来イソフラボン」の広告では、届出に書かれていないことを、表示しなければいけないというおかしな自主規制が働いている。新しい広告を出すより、まずは届出の修正、または撤回が適切な対応だろう。措置命令以降、「葛の花由来イソフラボン」を関与成分にした新たな届出も受理されているが、消費者の誤認を招きかねない臨床試験の条件は、いまだに記載されていない。
(山本 剛資)
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