ファンケルやニッセン、ライトアップショッピングクラブという老舗通販企業へのM&Aが次々と発表され、注目を集めている。各社とも通販黎明期だった1970年代から業界をけん引してきたが、他社傘下に入ることでリソースの最大活用やシナジーを見込む。一方の買い手側は買収を通じどのような成長戦略を描いているのか、気になるところだ。
キリンはヘルスサイエンス事業の大幅成長を見込む
キリンホールディングス(以下キリン)は2024年6月14日、化粧品や健康食品を扱うファンケルの完全子会社化を目的にTOB(株式公開買付け)の実施を発表した。2019 年にはファンケル株式の約 33%を取得しているが、完全子会社化により自社が手がけるヘルスサイエンス事業の成長につなげる。
年内にも全株式を取得する予定で、買収額は約2200億円を見込む。ファンケルはTOB終了後、上場廃止の見通しだ。
キリンは長年にわたり、免疫や発酵・バイオテクノロジーの研究開発力により、ヘルスサイエンス事業をグループの長期的成長を担う事業として強化。23年にはアジア・パシフィックで健康食品事業を展開するオーストラリアのブラックモアズ社を買収し、海外エリアの事業基盤を固めつつある。
キリンとファンケルは2019 年の資本業務提携以来、素材やサプリメントの共同研究開発、インフラの相互利用、人事交流などを進めてきた。ただ、33%の出資比率では利益造反といった競争関連法令などの制約があり、思い切った協業ができない場面もあったという。完全子会社化により、国内外の事業基盤や購買データの相互活用の強化、共同研究の深化など、これまでの枠組みを上回るシナジー効果が生み出せる。
キリンが健康食品などのヘルスサイエンス事業に注力する背景には、消費者の嗜好多様化や節約志向などによるビール市場の伸び悩みがある。現在は酒類が売上や利益を支えているものの、ファンケルの完全子会社化によってヘルスサイエンス事業を成長軌道に乗せ、ビール中心の経営からの方向変換を探る。
キリンの23年12月期におけるヘルスサイエンス事業の売上収益は1034億円で、事業利益は125億円の赤字。今期は1468億円の売上収益を目指すとともに、赤字は26億円と縮小を見込む。
一方、1000億円超企業のファンケルは23年3月期業績が増収増益と好調なのにも関わらず、完全子会社化を受け入れた。その理由として、情報・経営資源の最大活用や製品開発のスピード化、業務効率の向上、海外進出の強化などを挙げる。中でも重視したのは海外市場開拓とみられ、現在全体の約1割にとどまる海外売上高をキリンやその傘下のブラックモアズ社を通じて拡大したい意向だ。
ただ、売上高の約7割を占める化粧品事業については、完全子会社化によるシナジー効果は不透明といえる。通販ならではのD2Cモデルをいち早く確立し、顧客との関係性強化やLTV(顧客生涯価値)向上を強みとするファンケルだが、果たして化粧品事業も海外に広げていかれるのか。ヘルスサイエンス事業と同様に海外市場開拓を見込めてこそ、同社にとって今回のM&A効果が発揮できるといえよう。
キリンの24年度計画ではヘルスサイエンス事業を推進(出典:キリン)
新物流センターの活用創出も視野に入れる歯愛メディカル
さかのぼって24年5月9日に発表されたのが、歯科医院向け通販を展開する歯愛メディカルによるニッセンホールディングス(以下ニッセン)の買収だ。
セブン&アイ・ホールディングス(以下セブン&アイ)が14年に130億円でニッセンを買収し16年に完全子会社化したものの、当初予想したようなシナジーを生み出せなかった。そごう・西武などの不採算部門も売却し主力のコンビニ事業に経営資源を集中させる方針で、歯愛メディカルへの売却も同路線に沿ったものといえる。株式売却日は7月1日の予定で、譲渡価額は41億円。
総合カタログ通販のニッセンは、最盛期の売上高が2000億円を突破するなど業界をけん引。その後、EC普及によるカタログの衰退やファストファッションの台頭などで業績が悪化し、セブン&アイ傘下に入ったものの業績低迷が続いた。24年2月期の純資産は約237億円のマイナスと、大幅な債務超過に陥っていた。
買収はグループ内貸付の全額返済や債務超過の解消が前提で、株式譲渡実行日までにセブン&アイの子会社セブン&アイ・ネットメディアがニッセンの第三者割当増資を引き受けて負債を解消する。
歯愛メディカルは歯科医院や歯科技工所、病院、介護施設、調剤薬局などの医療機関に向け、歯科・医療用品や衣料品の各種通販カタログを発行して通販事業を展開している。買収後は医療施設で働く女性医療従事者にニッセンのアパレルなどを販売するほか、自社が通販するオーラルケア商品などをニッセン顧客に販売。それぞれの顧客へのクロスセルや共同でのカタログ製作、バイイングパワーアップなどを見込む。
23年12月には女性用肌着の通販を手がける白鳩の株式を33.21%取得して筆頭株主となっており、同社のECノウハウを吸収するとともに、同社商品を自社カタログに掲載するなどして通販事業を強化。今後はニッセンとのシナジー創出にもつなげるという。
また、24年5月に行われた歯愛メディカルの24年12月期第1四半期決算説明会の質疑応答で見えてきたのが、同社の新ロジスティクスセンターをベースにした通販事業の拡大だ。23年10月に竣工した新センターは旧センターの3倍の出荷能力を目標に設計しており、白鳩やニッセンの物流を請け負いたいという目論見があったという。ニッセンは物流のB2B事業に長けているため、新センターはB2Bとしての価値を生み出す可能性もある。
歯愛メディカルは今後、新ロジスティックスセンターをベースに通販事業を拡大していく方針。かねてより掲げる“売上高1000 億円グループ”という目標は、「来期中に達成できる目途が立った」としている。
新ロジスティクスセンター稼働で通販事業を拡大(出典:歯愛メディカル)
顧客基盤の共通性と商品力に期待する朝日新聞社
朝日新聞社は5月14日、衣料品、雑貨、食品などの通販と実店舗を手がけるライトアップショッピングクラブ(以下LUSC)の買収を発表した。同社株を100%保有するTBSグループのスタイリングライフ・ホールディングスと株式譲渡契約を締結し、5月20日に取得。取得価格は47億円となる。
LUSCはソニーグループのレコード通販企業として設立され、以来50年以上にわたり国内外のこだわりの衣料品、雑貨、食品などをカタログやネットで販売。主要都市の中心部で直営店舗を運営する。
世界中からセレクトした一流品を集めた「ライトアップ」や日本の伝統文化や職人技から生まれた逸品を掲載する「ゼクウ」など、中高年の富裕層に向けたカタログやECサイトを展開。アフターサービスを重視し、顧客との関係性構築やLTVに注力する企業体質だ。23年3月期の売上高は164億3700万円、営業利益は8億2500万円。
朝日新聞社は部数や広告の減少で新聞事業が苦戦する中、成長を見込める新事業として以前より通販に着目。ECサイト「朝日新聞SHOP」運営し、22年10月にはグループ企業が出店するECモール「朝日新聞モール」へとリニューアルした。衣料品や生活雑貨、美容健康商品、食品など幅広い商品を扱う 。
買収後はLUSCの商品情報を新聞紙面や「朝日新聞SHOP」などを通じて読者や顧客に届けるとともに、自社グループが持つ商品・サービス情報をLUSC顧客に告知。新たな商品やサービスも連携して開発する。生活に余裕があるシニア層を軸とする両社の顧客基盤には共通性が高いことから、シナジー効果を生み出せる可能性もありそうだ。
ライトアップショッピングクラブが手がけるカタログ(出典:朝日新聞社)
まとめ
こうして見てくると、それぞれの事例は「通販」という共通項はあるものの、いずれも異業種企業による買収といえなくもない。あるM&A仲介会社の調査によれば、23年には買い手企業のうち約8割が異業種を買収しており、24年も異業種買収のニーズは引き続き高いという。
異業種買収は買い手にとって事業多角化につながるが、老舗通販企業がどのような形でそれに応えられるか。黎明期から業界をけん引してきた各社が持つ底力とポテンシャルに期待したい。
執筆者/渡辺友絵
<記者プロフィール>
渡辺友絵
長年にわたり、流通系業界紙で記者や編集長として大手企業や官庁・団体などを取材し、 通信販売やECを軸とした記事を手がける。その後フリーとなり、通販・ECをはじめ、物 流・決済・金融・法律など業界周りの記事を紙媒体やWEBメディアに執筆している。現在 、日本ダイレクトマーケティング学会法務研究部会幹事、日本印刷技術協会客員研究員 、ECネットワーク客員研究員。
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