雑誌を割引した定期購読サービスを導入する出版社が増加している。 雑誌の定期購読専門サイト「Fujisan.co.jp」では、半額で定期購読ができる雑誌を大幅に拡充したキャンペーンを実施している。この分野で先導する株式会社富士山マガジンサービス代表取締役の西野伸一郎氏に、出版業界のマーケティングの変化について聞いた。
定期販売のルーツは雑誌
――50以上の雑誌で割引するキャンペーンを、なぜ実施できたのでしょうか? 西野)今回は「雑誌愛読月間協賛企画」の定期購読特別割引キャンペーンとして、定期購読を割引していますが、雑誌はそもそも再販制度で定価が守られている商品です。今回のように50%オフという文字が並ぶことは、通常はあり得ません。これまで出版社や雑誌業界は、書店の顔色をうかがって割引を躊躇していましたが、割引をしてでも、定期購読者を獲得しようとする流れができたと感じています。
――海外の週刊誌では、年間購読で大幅に割り引いています。 西野)サブスクリプション(定期購読)モデルは、強いビジネスであるため、米国でもサブスクリプションモデルが流行しています。
――通信販売業界では、化粧品や健康食品などが定期販売の商材です。 西野)通販業界のリピート商材も、いかに定期販売に結びつけるかがキーになりますが、サブスクリプションモデルのルーツは、実は雑誌の定期購読なのです。書籍と雑誌の一番の違いはそこにあります。人の趣味は月ごとに変わることはありません。趣味に合った商品の広告を掲載した雑誌が、その商品が欲しい人に定期的に届く。米国ではそのモデルが確立されています。
日本で戦後、全国に広がったのは、取次店による流通モデル。低コストで全国に商品を陳列できるという意味で素晴らしいモデルでしたが、この流通モデルにも限界が来ています。日本全国に3万店近くあった書店は、現在は1万5,000店を切り、ピーク時の半分程度になりました。 書店が閉店すると、毎号買っていた雑誌を買う場所がなくなり、1回買わなくなったことをきっかけに、定期的な購入をやめてしまう。雑誌という本来は継続購入のモデルが、書店の減少やネット情報などによって、定期的に購読できなくなる。出版社はこれまで、確立した取次店のモデルに従うしかありませんですが、さすがに「そんなこと言っていられない」という出版社も増えてきました。 取次書店モデルだと、「今回の号は販売好調でした」といっても、買ってくれた人の情報がないため、次に買ってもらう人たちにアピールすることはできません。定期購読は、購入者の情報がわかり、直接つながることができます。「毎回買います」と手を挙げてくれた人たちに、毎回届けることができます。定期購読は、確実に販売部数の積み上が期待できます。 また、定期購読者層は、購読した雑誌のジャンルに関する興味が高く、雑誌に掲載されている記事や広告などから商品を購入する率が高いです。広告からの購入率が高い層に対して、直接商品購入を促すような効率的な販促をすることもできます。雑誌のオリジナルTシャツ等を企画して、大きな売り上げとして販売に寄与している例もあります。
――再販制度には、返品というリスクもあります。 西野)出版業界では、再販制度で返品が保証されているため、書店は売り切る必要がありません。現在の書店の返品率は平均4割を超えています。1万冊を書店に置いてもらっても、4千冊は戻ってきてしまうというリスクを、出版社は背負っています。5割以上返品されてしまうケースもざらにあります。しかし、定期購読では、購読を申し込めば返品はありません。コスト構造や効率もまったく異なり、来月の販売部数の見込みの計算ができるようになります。
出版社も顧客獲得コストを重視する時代に
――最初の割引は、定期購読に結び付けるための販促費ですね。 西野)そうですね。通販業界やEコマースの現場では、顧客獲得コストをシビアにみています。アマゾンにいた当時から、一人の顧客を獲得するためにいくらまで費用をかけてもいいという「CNC(Cost for New Customers)」という概念を重視していました。 しかし、多くの出版社には今まで顧客獲得コストという概念がありませんでした。自分たちで購読者を獲得するわけではなく、値段は規制されているため、「いい内容さえ作っていれば売れる」という認識の編集者が多い状況でした。 最近になってようやく、一人あたりの獲得コストという概念が、雑誌業界に持ち込まれました。2冊分を半額にするということは、定期購読者を一人獲得するために、最初の1冊分のコストはかけていいということです。また、最初の2冊だけでなく、半額を継続する雑誌も出てきています。半額を続ければ、定期購読の継続率も上がりますので。 ――雑誌業界のマーケティングに変化が起きている。 西野)定期購読というのは、直接顧客を獲得できるということ。やはり直接、顧客が獲得できることは大きいです。また、定期購読を獲得するためのハードルを大きく下げているのが、「月額払い」です。1年分の購読料の一括支払いは、企業ならいいのですが、個人だとハードルが高い。月額払いは、送った分だけお支払くださいという定期購読の新しい形。つまり1年間、いつでも購読をやめていいモデルです。はじめのハードルが低いから、獲得単価も安く、コンバージョンレートが優れています。 1年間の定期購読だと、次の年に「継続しますか?」と確認しなければなりません。毎年、継続を確認することは、ある意味「やめますか?」と確認しているのと同じこと。しかし、月額モデルでは、いつやめてもいいので、継続の確認はしません。それでも、年間の継続率は圧倒的に高いです。
月額課金で継続率10ポイントアップ
――継続率はどのくらいですか。 西野)月額サービスは3年前から始めましたが、データを取ると、1年後に残っている数字は圧倒的に高いです。雑誌によって異なりますが、定期購読誌すべてをまとめた継続率は70%ぐらい。月額サービスによって、継続率は約10ポイント近くアップしました。弊社は継続率を高めるためにあらゆる努力をしています。弊社が持つ定期購読のノウハウを、出版社が定期購読する際に使えば、継続率を高めることができます。 フックとして、最初の3冊を100円にするといったサービスもしています。これは、顧客獲得単価コストを3冊分かけていいということ。3冊だけ購入して継続しない人もいますが、圧倒的に継続する人の方が多い。そうなると、定期購読者が積み上がっていきます。
――売り上げの推移はどのような状況でしょうか。 西野)毎年20~30%で成長しています(表1)。年間では、最も売り上げが伸びるのが期首の時期である3月と4月。3月4日は雑誌の日にもなっています。そこから外れる7月にキャンペーンを設定しています。
雑誌の電子書籍販売にはプラットフォーム設立が必要
――電子書籍については、どのようにとらえていますか? 西野)電子書籍は書籍が伸びていますが、雑誌は少し遅れて伸びると思います。多くの雑誌はレイアウト情報がありますが、書籍はレイアウトなしの文字ベースです。雑誌はレイアウト情報があるためにスマホなどで読むには拡大する必要があります。iPad等ならまだ見やすいのですが、タブレット端末を持っている人は、全体からみるとまだ少ないのが現状です。 レイアウト情報をデジタルに最適化したプラットフォームができないと、雑誌の電子書籍は、さらなる伸びが期待できません。 弊社はそのプラットフォームづくりのポールポジションにいるという認識はあります。
――今後の出版業界の展望についてお聞かせください。 西野)出版社は、取材ネットワークを通じ、一般の人が購入できなかったり、体験できなかったものを提供できる能力があります。ロイヤリティが高い読者を獲得して、ライフタイムバリューを提供する能力を持っているのに、生かせないままシュリンクしてしまうのは非常にもったいない。弊社はそのためのプラットフォームを提供しています。出版社しか提供できない読者が求めている商品の紹介、コネクションがあるからこそ提供できる体験型のイベントなど、さまざまなことが成り立ちます。それを「マガコマース」(マガジン×コマース)と呼んでいます。 紙の雑誌だけだとシュリンクしていく市場ですが、様々なニッチな購読者の趣味趣向は増え続けさらにはより深くなっていきます。そこに出版社としてビジネスを広げるべき市場があります。デジタルでコンテンツを売るだけでなく、そこに紐づいた商品、サービス、体験を提供できる能力があるのだから、そこまで含めてビジネスを拡大させる意識をもった出版社とこれらに取り組んでいきたいと思います。
――本日はありがとうございました。
(聞き手 通販通信編集部)
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■プロフィール 西野伸一郎(にしの しんいちろう) HP:「Fujisan.co.jp」 1964年東京生まれ。88年明治大学卒業。同年NTT入社、システムコンサルタントとして活躍。 93年ニューヨーク大学にMBA(経営学修士)留学。95年帰国。その後、シリコンバレーのベンチャー企業への投資やジョイントベンチャーの設立、ポータルサイト「goo」の立ち上げなどに携わる。98年㈱ネットエイジ(現ユナイテッド株式会社)設立に参画、取締役に就任。 99年9月Amazon.co.jp設立準備のためにAmazon.com本社(シアトル)にてInternational Director/Japan Founder(日本創業者)に就任。2000年11月にAmazon.co.jpを開設、General Managerとして事業を成功に導く。 2002年7月、日本初の雑誌定期購読エージェンシー「㈱富士山マガジンサービス」設立、代表取締役社長就任。
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