忙しい女性の「時間の価値」を高める
――事業立ち上げの経緯からお聞かせください。
天沼 イギリスの大学でIT・情報領域を学び、帰国後にアビームコンサルティングというIT戦略系コンサルファームに入社しました。そこで、ITに特化したコンサルテーションや戦略コンサルも含めて10年ほど経験しました。その後、楽天での勤務を経て、2014年7月にエアークローゼットを創業しました。私自身のバックグラウンドはファッション業界やレンタル業界ではなく、ITを活用した仕組みづくりです。
当社は、前川(取締役副社長・前川祐介氏)と小谷(取締役・小谷翔一氏)の3人で創業しましたが、前川も小谷もアビーム時代に私と一緒にコンサルテーションのプロジェクトに取り組むなど、仕組みづくりが得意です。
3人で事業の立ち上げだけを決めて、「何をやろうか」と話し合っているうちに、ライフスタイルを豊かにしたいという考え方で一致。着目したのが「時間の価値」でした。同じ1分であっても、面倒くさいと思う時間とワクワクしている時間だと、後者の価値が高いはず。そうした発想から、「誰もがワクワクする、新しい『あたりまえ』をつくろう。」を当社のビジョンに掲げました。
――なぜ、ファッションのサブスクだったのですか?
天沼 ライフスタイル全体を考えた場合、最も人に触れ続け、最も人の心を変えられるのがファッションだと捉え、まず女性を対象にサービスをスタートさせました。
朝の準備に時間がかかったり、仕事が忙しかったりと、ファッション誌を見る時間も割けない女性が多いようです。さらに、結婚・出産などライフステージの変化が激しく、自分のための時間を使うことを諦めてしまうケースも。子育てが始まると、子供服の買い物には時間をかけるが、自分自身の服選びは適当になりがちです。
時間がなくて諦めているものの、本当はもっとファッションを楽しみたいという女性は多いはず。そこで、忙しい女性に向けたサービス構築を目指し、全国の女性にファッションとの出会いを届けるため、オンラインサービスに取り掛かりました。
その際、ワクワクする瞬間をつくりたいという理念の下、実際に着てみることが1番良い体験であると考えました。同時に、サステナビリティの意識が高まっていることから、大量生産・大量廃棄に逆行するサービスをつくりたいと思い、レンタルに繋がっていったわけです。
当初、サイト上にたくさんのアイテムを並べて、「どれをレンタルしますか」と聞くスタイルをイメージしていました。しかし、忙しい女性が諦めたのは「お洋服を探す」ことであり、これでは解決になりません。
そこで、スタイリストがお洋服をお客様の登録情報に合わせて選び、提案する形にしようと。お客様が一から探しに行くのではなく、代わりに探してもらい、選ばれたものを楽しむというプロセスであり、「パーソナルスタイリング」という考え方です。
実は当初、「〇〇日までにクリーニングして返してください」というサービスを考えたのですが、これでは「残業したいけどクリーニング屋さんが閉まるから帰らなきゃ」となり、時間の使い方を制約してしまいます。
このため、返却期限を設けず、クリーニングも当社が担うことにしました。お客様にはお洋服との出会いに集中してもらい、気に入ったアイテムを手元に置いておくことができるサービスを提供すべきではないかと考えたのです。
月額制のレンタルはあくまでも手段にすぎません。お洋服に出会う機会をたくさん提供することが目的で、サービス開始当初から、手元に届いたお洋服が気に入れば購入できる仕組みを導入しています。
成功の鍵を握るのはサービスの進化
――サブスクサービスを成功させる秘訣を教えてください
天沼 我々はまだスタートラインに立たったばかりで、ここからサービスを広げていきたいと思っています。事業として回り始めた段階ですが、ここまでは順調に来ています。その秘訣を挙げるとすれば、サブスク事業はお客様との接点が長く続くという前提に立って、サービスを常に進化させていることです。サービスの品質が高まっていくこと、システムがより使いやすくなることなど、機能をどんどん追加していくことが大切です。
サブスクについては、縦軸にマーケティング、ユーザーとのコミュニケーション、アイテムのラインアップといった機能が並び、横軸には改善活動が並びます。改善活動で大切にしているのが、データの収集とノウハウの集約。データを収集し、社内でどう生かしていくのかというノウハウの集約と、ノウハウを横展開していくために、組織をメッシュ型に設計しています。
――サブスクサービスの現状と今後について、どのように見ていますか?
天沼 オンラインサービスのサブスクが増えていて、今後もサブスクの形を取る企業が増えると予想されます。その一方で、既存事業の支払い形態を分割化しただけ、というようなサブスク化も多いと思いますが、それだと、消費者にとっての価値は分割払いだけ。今後はサービスの価値が問われるでしょう。
もう1つは、お客様と企業の信頼関係があって初めて成り立つサービスですので、信頼関係の構築が不可欠です。お客様と向き合って、1人ひとりにしっかりとサービスを届けていくことが、いっそう大切になるでしょう。
また、サブスクサービスの増加によって、生活費に占めるサブスクへの支払い額が増えていくと、消費者間で個々のサービスの取捨選択が進むと予想されます。継続してもらうためには、しっかりとサービスの価値を伝えることが必要です。
オフィス勤務への回帰に期待
――ところで、コロナ禍による影響はありましたか?
天沼 すごくありました。というのも、オフィスで色々なお洋服を女性が楽しめるサービスをスタート当時から提供しているため、リモートワークになると着る機会が減ってしまうからです。新規の登録時に、「リモートが明けたら試してみようかな」という声が増え、新規登録のコンバージョンレートが悪化しました。
最も恐れていたのは既存会員の退会増でしたが、それはなかったです。ファンになってもらった方には、引き続き利用していただいています。当社では、6カ月超利用される方を「ロイヤル」と定義していますが、月額会員様の半数以上が「ロイヤル」です。事業全体としてはファンに支えられ、安定していました。ロイヤルユーザーの月次継続率は、94%と高い数値を維持しています。
安定した成⻑の基盤を構築
――アパレル業界の景気は回復してきたと実感していますか?
天沼 アパレル業界の回復は、これからなのではないでしょうか。マスクが外れて、多くの消費者が急に戻ってくるわけではありません。時間がかかると思います。
また、各企業の働き方がリモートワークからハイブリッドへ移行することは、当社にもプラスになっていくと楽しみにしています。
――売上推移や今後の目標数値などについてお聞かせください
天沼 創業の14年以来、売上高は順調に拡大しています。直近の23年6月期の年間売上高は、37億円でした。直近5年間では、売上が240%伸長しています。弊社はまだ投資フェーズで利益は出ていない状態ですが、計画通りの数値を順調に達成しており、24年6月期にはairCloset事業の黒字化を見込んでいます。
売上の目標は、まず100億円にしています。売上100億円の事業を土台に、ビジネスモデルを確立し、顧客基盤を拡大していく成長戦略「Steady Base」(盤石な土台)を設定しており、この戦略に基づいて計画通りの成長を目指しています。
ノウハウの横展開を模索
――成長の過程で苦労したことは何でしょうか?
天沼 創業当初ですと、ファッション業界の知り合いを探そうとしましたが、人脈がなかったために四苦八苦しました。さらに、物流の仕組みの構築にも非常に苦労しました。
もう1点挙げるとすれば、サブスクのファッションレンタルは初めてのサービス形態で、パーソナルスタイリングという仕組みも初めてだったため、これらを浸透させることは大変だと感じています。しかし、その価値を伝えて文化をつくっていくことは、これからの楽しみでもあります。
――時間の価値を高める点で、貴社のサービス形態を他のジャンルにも導入できそうですね
天沼 3年前に「エアクロモール」という新規事業を立ち上げたのですが、これは家電を中心としたレンタルです。店頭で見ただけでは生活の中での価値が伝わりにくいアイテムもあり、また、高額なアイテムだと買うかどうか悩んでいる時間が長くなります。こうした点を解決しようと、スタートさせました。
例えばドライヤーならば、店頭で髪が濡れた状態で試せないので、レンタルで1カ月ほどお試しできるとか、マットレスだと3カ月ぐらい試して、体の変化に気づいてもらうなど。
このサービスを迅速に準備できたのは、プラットフォームを構築しているからです。当社では、循環型物流を構築し、倉庫管理システムのWMSも完全内製化して、パーソナライゼーション、それを支えるデータも含めてプラットフォームとして形成しています。この延長線上に、各サービスを乗せて展開しています。
今秋からスタートさせるのが「ディズニーファッションクローゼット」で、ディズニーアイテムのファッションレンタルを展開します。サブスクではなく、都度の課金利用となります。第1弾は20代女性がメインターゲットですが、今後はカップルやファミリーへの展開も想定しています。
また、「エアークローゼット」については30~40代女性がメインですが、今後は20代にも広げたいですね。さらに横の展開として、メンズ、シニア、マタニティーへと広げたり、課金型で別のオケージョンのレンタルをプラットフォームに乗せたりすることも考えられます。海外に物流基盤をつくって展開するという発想もあります。
別の事業戦略も構想中です。ファッションのレンタルサービスやサブスクサービスを開始したい場合、自社で構築しようとすると、長い年月と多額の費用がかかります。そこで、当社のプラットフォームを貸し出すというイメージです。これによって、当社のビジネスモデルが浸透していくと考えています。
――関連業界へ伝えたいことは?
天沼 当社と取引するブランドメーカー様は、プロモーション効果がある点を評価してくれます。たくさんのお洋服をお客様に着用してもらう機会が増え、ブランドのファンも増えていきます。試着するアイテムと着合わせも行った上で購入を決めるため、長く大切に着てもらえて、そのブランドのファンになる方が多いようです。月額会員様の約6割の方が、1度はアイテムを購入した経験があるというデータもございます。
レンタルが小売とどう融合しているかと言えば、レンタルは着てもらう体験・機会だと思うので、小売にとってもプラスになります。今後は1点1点のアイテムが売れたというだけではなく、ブランド育成も重要な要素だと思っています。
――本日はありがとうございました
(聞き手:山本 剛資、文:木村祐作)